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『八日目の蝉』の別ヴァージョンとも言える作品。
言うなれば、「八日目」の世代として、私たちの世代を描いているように、私は思った。
そしてしかし、『八日目の蝉』の主人公、希和子は、ツリーハウスすら失ったのではなかったかと、読後しばし喪失感に浸ってしまった。

希望を書かなくてはいけないということを意識してきたと、大澤真幸との対談で、角田さんは言っていた。この作品には、確かに希望が描かれてあった。
けれど現代は、角田さんが描いたぎりぎりの希望さえ遠いもののように感じる人が多いのではないか。逃げたのではなく、逃げるのに付き合わされ、結果、何故なのかと解いながら、仕方なくツリーハウスを築くしかない。そんな人が多いのではないか。
一世代や二世代前と違い、逃げるという、ネガティヴではあるけれども能動的な動機を持たず、ハウスすら持たない、そうした人たちは、一体どこに自らの根を見出すのか。
今、私たちの世代が抱える問いは、むしろ、そういう問いなのではないかと思った。

大学紛争に参加した末っ子のヘルメットにあった「デラシネ」ということばが、妙に胸に刺さっている。
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by m_mw | 2011-06-27 23:10 | 読書録・reading memo
ツヴェタン・トドロフ 『われわれと他者ーフランス思想における他者像』法政大学出版会 1989。

「われわれと同じ共同体に属さないひとびとに対し、私たちはどのようにふるまうことができるのか。またどのようにふるまうべきなのか。」

→「 普遍主義」の逸脱である「自民族中心主義」と「科学主義」、そして相対主義の問題を指摘し、『批判的人間主義』を提唱する。

「人間の科学を自然の科学のうちに加えることはたちまちのうちに人間存在を科学の対象へと還元してしまうのである。」(p42)

→ディドロの批判 :「人間の本性」は科学ではなく哲学によって明らかになる。
→ルソーの擁護:人間の特徴は自己改善能力(perfectuabilite)にある(by ルソー)→ 人間は環境を拒否する能力を持つ。拒否する力=自由。

→コンドルセ:普遍主義者。真理の普遍性に基づく法構築を提唱。サンシモンの科学主義の基礎となる。
(理性=人間の普遍的本性 なので、理性は何が正当で何が正当でないかを評価できる、とコンドルセは考えた。)
→サンシモン:知識(科学)は行動(倫理)を導くと考えた。

トドロフは、「われわれ」は「批判的人間主義」に基づいて「他者」を取り扱うべきであると主張している。「批判的人間主義」とは、検証され続ける「分析の道具」としての普遍性に基づいて、倫理の正当性を評価する視点である。(と思われる。)

疑問:
→ 問題は、誰がどのように普遍性を検証するのか、なのでは。
普遍性を検証するというトドロフの立場と、科学主義との違いは、普遍性検証の方法を科学に求めない点にしか見出せないように思うが、直感的に方法の正当性が大きな問題としてあるような気がする。「科学でなければ何か。」という問いは、図らずも清水博の「次の救済者は誰か」という問いと重なる。清水は、「拡張された科学技術的方法」を提案しているが、トドロフはこれに賛成できるか?できないとすれば、どうやって検証するのか?
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by m_mw | 2011-06-23 01:12 | 読書録・reading memo
清水博 『場の思想』東京大学出版会 2003。

科学的理性の次に来る「救済者」とは?
→ 「拡張された科学技術的方法」の提案。
→ 共有可能な主観的領域の存在を選定として。
「場を作り出し、その場に自己を位置付けて存在する、そしてその存在の自己表現が場においてなされることが新しい場を作り出す。」創造的循環。
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by m_mw | 2011-06-23 01:09 | 読書録・reading memo
2010年にノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス・リョサの講演を、
ただで聞けるという、もう二度とないであろう機会を、
あと一歩、というところで逃しました。

そりゃあ、事前予約が必要ですよね。
そして、そりゃあスペイン語ですよね。
英語だと思ってた自分が恥ずかしいです。
同時通訳機が足りないと。ああ、そうですか。
なんとかしてくれとか、そこまで図々しいことは、ええ。
さすがに。

すごすごと、でもそこそこ図々しく、会場にもぐりこんだものの、
「あ、この単語は英語と一緒だ!」くらいしか内容がわからない上に、
ライブの映像という観賞環境で、1時間を潰すほどに、
お前はリョサのファンなのか、と自問した結果、
違うよなーと、結論し、はじまる前に出てきてしまいました。
大ファンの、池澤夏樹さんとすれ違ったような気がするだけで、十分です。
気がするだけですが。
確認して、サインもらっとけばよかった、とちょっと思うくらい、
好きなんです、っていう気持ちがもう暑苦しいですね。

講演の題名は『文学への情熱ともうひとつの現実の創造』。

ラテンアメリカという混沌を、文学によって捉えたというリョサの思想を、
ぜひ聞いてみたかったけれど、作品から学ぶことにします。

記念フェアもやっていることだし。

大学時代、スタディーツアーで訪れたエルサルバドルで、
ラテンアメリカは世界の縮図だと感じたことを、思い出します。

内戦で息子5人を失った体験を語ってくれた老人の、
強くにぎられた拳。
悲しみに固まってしまった様だった皺だらけの顔は、
話終えると優しくほぐれ、
「息子を失ってしまったので、あなた達の様に若い人が来てくれると本当に嬉しい」
と、腕を広げて歓待してくれたのでした。
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by m_mw | 2011-06-23 01:05 | 暮らし・daily life

復活

4月末から続いていた咳がようやく収束。
どんよりした天気に抗する余力が出てきたように感じます。

近所のクリニックの医師と「薬はあまり使いたくない。授乳もあるし。」と相談して、吸入のみで対処していたら、途中から激化。結核やら百日咳やらを疑ったものの、最終的には薬を8種類くらい処方してもらって、2日間飲んだら、あっという間に収束しました。薬はすごい。でもまだ肋骨が痛みます。

それにしても、セカンドオピニオンを聞きに行った呼吸器専門の外来で、咳をしているのに、聴診器も当てず、話も聞かず、レントゲンの画像だけで、「肋骨の痛みは、筋肉痛」とだけ診断されたのは、納得がいかなかったな。当然咳の原因を聞きに来てるわけで。でも、小児科で娘の診察も掛け持ちしてたので、すでに頭と体力が限界で、「はあ、そうですか。」と、出て来てしまったのが悔やまれます。

専門家から常に必要とする専門知(この場合専門家としての態度も含むexpertise)を得られるわけではない、というよくある経験。
専門性を標榜していても、必要を満たせなければ専門家として承認するわけにはいかないので、また咳が出たら、あっちよりこっちに行こうと、心密かに決めました。

原因は突き止められなかったけど、相談に乗ってくれて、結果的に治してくれたし。
消費者は、わがままで厳しい。
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by m_mw | 2011-06-21 10:17 | 暮らし・daily life