「人」を迎え入れる姿勢について

2002年か2005年までのイギリスでの生活の中で、
深く思いでに残っていることとして、
家の目の前の教会での出来事がある。

それは、領主がエリザベス一世に結婚を申し込むために建てたと伝えられるKenilworth城に付属する、したがってKenilworthの町にいくつかある教会の中でも、最も古く大きな教会だった。
(注:言うまでもなく領主は女王にふられた。)

そこで、ある日、町で産まれた赤ちゃんの幼児洗礼があった。
赤ちゃんは毎月産まれているはずなので、幼児洗礼式はその日以外にも行なわれていたのだと思うけれど、
私が深く覚えているのは、その一度の洗礼式である。

洗礼式は、夫婦と赤ちゃんを牧師が祝福し、赤ちゃんの頭に聖水をかける、という簡単なものだ。
聖水をかけると、大抵赤ちゃんは泣くので、それが微笑ましい場面でもある。

私の心に残っているのは、しかし、その後だ。
一通り、儀式が終わると、牧師はそれぞれの夫婦と赤ちゃんを参列者に紹介し、
そして、"Welcome, to our community."
と言う。
そうすると、参列者はいちいち拍手でそれに賛意を示し、赤ちゃんを迎えるのだ。
その風景に、私は痛く感動してしまった。

大きな教会なので、知り合いもいればそうでない人もいる。
長く同じ地域に住んでいる同士ではあっても、普段気軽に話す中の人たちは限られている。
人間どうしだから、いざこざもある。
赤ちゃんになかなか恵まれず辛い人もいるだろう。
そんな中にあっても、産まれてきた赤ちゃんを、皆で「ようこそ」と迎える場がある、ということが、
驚きで、また羨ましかった。

産まれてくる子は、「ようこそ」と迎えたい。
「ようこそ」と迎えてほしい。

そこに、思想の基本を置きたいと、それ以来思っている。
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by m_mw | 2012-09-07 10:27 | 考えていること・thoughts