私たちの社会に起きていることのひとつ (ダウン症の「予防」)

ニュージーランドのSavingDown's による活動にも表されているように、
ダウン症をめぐる状況は、切迫していると言っていい。

この状況を2009年にアメリカの医師Brian Skotko氏がまとめている。
彼は、1996年から2009年までに発表された14報の論文をレビューし、出生前スクリーニング検査及び診断の普及により、ダウン症の出生は確実に抑制されていると結論した。(図参照)

この傾向は2011年に発表された、ダウン症を対象とした無侵襲的検査技術の登場によって、
さらに高まると考えられる。

その上で彼は、多くの国で性別を理由とする中絶が「性別差別的sexism」として禁止されているのに対し、同じく染色体の「違い」であるダウン症を理由とする中絶は許されていることを、矛盾として指摘している。

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ダウン症の原因は染色体21番が3本あることだ。
21番染色体を3本持つ人は、2本持つ人に比べると少数である。
約1000人に1人の割合で存在すると言われる。

さてしかし「少数」であることはイコール「異常」なのだろうか?
そして「異常」のある生命は、生まれるに値しないと考えられても「当然」なのだろうか?
もしそうだとすれば、社会において遺伝学的に少数者となる可能性のある生命はどれも、生まれるに値しないのは「当然」と考えられることになる。

このような考え方を、私たちは許容できるだろうか?
許容することにはどのような問題があるのだろうか?
許容しないためにはどのような道があり得るだろうか?

やはりもう一度、しかし早急に、私たちは、こうしたことを考えていかなくてはいけない。

図出典:Skotko, B. "With New Prenatal Testing, Will Babies with Down syndrome Slowly Disappear? Arch Dis Child 94(11) 2009.
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by m_mw | 2012-07-04 14:58 | 考えていること・thoughts