『個人的な体験』大江健三郎

絶望の淵から希望へと至る「新生児の父親」バード27歳の「個人的体験」の軌跡。
長男誕生をめぐる著者の体験に基づく一連の作品のひとつである。

バードが、(本人にとっては)希望へと至る道を選択する瞬間、絶望の淵で依存した、またある意味では救いであった存在を捨たことに無自覚である(かのように描かれている)ところに、倫理の二面性が表されているのではないか。

選択することは捨てることであるという、単純な真理が描かれているに過ぎない、とも言える。

けれども、絶望と希望という二極に対応するかたちで、バードというあだ名に象徴される「子ども」の次元と「大人」の次元、あるいは火見子との「反道徳的関係」と妻との「家庭」を置くことで、著者が表そうとする「捨てられるもの」と「選ばれるもの」の価値に、簡単に賛成することができない時代にあって、単純な真理はそう単純ではない。

それでも選びとって行くための指標を、主人公が、彼が「個人的体験」の外で行った唯一の活動の中で見いだす場面は、著者の「ヒロシマノート」における体験と重なる。

"this poor little thing!"

そしてデルチェフさんは、「希望」ということばを、バードに贈り、
バードは「忍耐」ということばを、それにつないだのだった。

彼に似た息子を前に。
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by m_mw | 2011-09-21 22:09 | 読書録・reading memo