Sandel, M Justice (『これからの「正義」の話をしよう』鬼澤忍 訳)

Sandel, M Justice (『これからの「正義」の話をしよう』鬼澤忍 訳)

今更ながら。

【第6章 平等をめぐる議論】

の、「利益に基づく義務」と「同意に基づく義務」に関する議論が興味深い。

美徳ではなく自由に基づいて「正義」を求める時、
契約によって発生する「義務」の「公正さ」は、
契約の履行によってもたらされる「利益」や、
契約への「同意」と両立できるのか、という問題。

今回の浜岡原発の停止についても考えさせられた。

まず前提として、私たち国民は、
国の選択に「暗黙の同意」(ジョン・ロック)を与えている。

次に、浜岡原発に関する今回の国の決定は、
国民に「利益」をもたらすかだが、
もたらすという立場からの議論は可能だ。

ただし、国は、事態収束後の原発復帰を、中部電力に確約した。
収束まで2,3年とみているらしい。
中部電力は、この確約に基づき、今回の停止を受け入れたとのこと。

したがって、私たちは二つのことに、
「暗黙の同意」を与えている、ということだ。

原発の停止と、
原発の再開と。

むろん、2,3年後の原発復帰が国民の「利益」となるという議論も、
可能ではある。

(ただしそのためには、これから先、想定外の地震と津波が付近を襲う可能性については、
「無知のベール」(ジョン・ロールズ)をかぶっていなくてはいけないが。この点は、議論しても平行線なので、触れません。この「無知のベール」の用法は正確ではないです。念のため。)

しかし何とも腑に落ちない。

なんだか国民も消費者も、あまりにも蚊帳の外ではないか。
税と電気代とリスクをかぶるという義務だけを背負って、
国と企業のてんやわんやを、見ている。

「暗黙の同意」を与えているとは言え、
この状況は「公正」なのだろうか?
と、考えてしまうのだ。

なんだか、雷に驚いて狂った馬の手綱を握って、
どちらに進むか決めかねている大名行列をながめる、
あわれな村人な気分ではないか。

今にも馬は村人の列に突っ込みそう、
というか、もう突っ込んだ。

ああ、ああ、来る来る。
こっちにも来るよ。

あ、見物人の後ろの方で、娘を背負って、つま先立ちしてる、
つぎはぎの着物を着た自分が見えたりして。

しかし、サンデル博士のあげた事例によると、
同意の仕方や、契約の内容が「公正」でない場合、
契約を履行する義務が発生しないばかりか、
不正な契約を強いた側は、詐欺の嫌疑をかけられる
らしい。

「!」

2,3年。
2,3年が勝負ですよ。
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by m_mw | 2011-05-10 13:47 | 読書録・reading memo