無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 自己紹介・about myself  

●名前:渡部麻衣子 
Maiko Watanabe

●現職:学術振興会PD特別研究員 東京大学大学院情報学環・学際情報学府 佐倉統研究室
Research Fellow of the Japan Society for the Promotion of Science, The University of Tokyo Interfaculty Initiative in Information

●履歴:
・1979年10月17日京都生まれ
Born in Kyoto on the 17th of October, 1979

・1998年3月千里国際学園卒業(授業は日本語)
March 1998: Graduated Senri International School (Taught in Japanese)

・2002年3月国際基督教大学卒業
 March 2002: Graduated International Christian University, Tokyo.

・2002年10月-2005年9月ウォウィック大学社会学部, 博士課程在籍
 October 2002-September 2005 : PhD Candidate, Department of Sociology, The University of Warwick, UK.

 ・2005年10月-2006年9月NPO法人市民科学研究室JST特別研究員
October 2005- September 2006 : PD Research Fellow, Citizens' Science Initiative Japan

・2006年1月-2006年3月 国立身体障害者リハビリテーションセンター調査補助員
January -March 2006 : Research Assistant, National Rehabilitation Center for Persons with Disability

・2006年4月-2006年9月財団法人 共用品推進機構 調査補助員
April - September, 2006 : Research Assistant, Accessible Design Foundation, Japan

・2006年4月-2008年3月北里大学大学院医療系研究科臨床遺伝医学 PD特別研究員
April 2006 - March 2008 : PD Research Fellow, Kitazato University Graduate School of Medical Sciences

・2008年4月-2010年3月東京大学医科学研究所公共政策研究分野 PD特別研究員
April 2008 - March 2010 : PD Research Fellow, The Institute of Medical Sciences, The University of Tokyo

・2011年4月- 現職
April 2011 - Present Position

・2008年3月博士号取得 (社会学)
 March 2008: Received Ph.D (Sociology)

●専門:科学技術社会論 Science and Technology Studies

●関心領域:医療技術, 妊娠・出産, 障害 
Interested in Medical Technology, Human Reproduction, Disability

# by m_mw | 2012-12-31 12:28 | 自己紹介・about myself

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 森達也『僕のお父さんは東電の社員です』(2011)  

森達也氏のファンである。

彼が切り取るこの国の、この社会の問題は、胸苦しくなる程に深く、重い。
しかし、社会の多数者によって共有される認識の基盤に疑問を投げかけ、
その影で排除される少数者の「生」に光をあてるその視点は、
鋭いと同時に優しい。
人間の矛盾に対する寛容さが、どの作品にも表れている。

そんな森氏が監修、執筆した『僕のお父さんは東電の社員です』(2011)を買った。
「読んだ」ではなくて、「買った」と書くのは、私がこの本を、現在1歳半になる娘にいつか読んで欲しくて、手にとったからである。

おそらく、伝えたいことに比して紙面があまりに限られていたからだろう。
ところどころ、飛躍があり過ぎると感じる箇所もあった。
しかし、もっとも弱い立場からの問いかけに対して、
それぞれが真剣に応じようとする姿勢を、娘にはやはり伝えたいと思った。
この社会で私たちが犯した、愚かな過ちと同時に。

森氏も含め、多くが書いているように、東電という組織の責任は重い。
けれども、そのこととは別に、私たち一人一人にも過ちを生んだ原因がある。
私たちが「生活のため」に電力を使うように、
東電の社員も、「生活のため」に働いていた。
「生活のため」に、私たちは、同じように思考を停止させてきたのではなかったか。
東電の社員が、原発の町を得意気に歩いていたことがあったとして、
私だって、しょっちゅう停電になる国を、ばかにしたことがあったっけ。
自分が得意気に使っている電気が、どうやって供給されているのか、
考えることもせず。

批判されるべき対象を批判することは簡単だ。
悪は悪であり、それ以外ではない。
けれども、そこでやめてしまっては、単なる思考停止だと、この本は伝えたいのだろう。
そのような悪を生み出す要素が、私たちの側にもあったはずなのだ。
この本は、それが何であるのかを、みんなで考えようとした記録だ。

それが子どもの声ではじまったことを、私は単純にすごいと思ってしまう。
大人がそれを利用したとして、利用させてしまったことに、感心してしまう。
それほどに力のある声を、子どもが持つことができる。

でも私が何よりすごいと思うのは、
「僕は東電に過保護にしすぎるかもしれません」だから「みんなで話し合いたい」という、ゆうだい君の客観的な論理性だ。
これこそが議論の基本なのだと、私はゆうだい君からあらためて学んだ。

そのことを知っている大人が増えれば、
寛容を基盤とする、論じ合える社会に、
日本は成長を遂げるかもしれない。

3.11の時まだお誕生前だった娘の成長は、3.11後の日本の成長と共にある。
「過剰進化」をあらためる力が、人間にはあると信じたい。

# by m_mw | 2012-04-11 21:22 | 読書録・reading memo | Trackback | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 『英国王のスピーチ』(The King's Speech)   

トム・フーバー監督、コリン・ファース主演 (2010年)

http://kingsspeech.gaga.ne.jp/

コリン・ファース演じるジョージ六世は、兄エドワード八世が二度の離婚歴のあるアメリカ人シンプソン夫人と結婚するために退位したため、第二次世界大戦の開戦直前に即位。開戦宣言以降、数々の演説によって英国の士気を高め勝利に導いた国王として高く評価されている。

しかし、実は乳母からの虐待や、兄からのいじめ、父親からの厳格なしつけなど、幼少期のトラウマも原因して重度の吃音で引っ込み思案。自分でも、国王になど到底なれないと涙する程だった。しかし、妻の勧めでオーストラリア人の無資格の言語療法士の治療を受け、当時、国王として欠かすことのできない技術となっていた演説の技術を獲得していく。

マス・メディアの発達によって、国王に求められる資質が変容したことを指して、ジョージ六世の父親のジョージ五世が、「我が一族は最も卑しきものに成り下がった。役者だ!」と言い放ち、「だからお前も役者になれ!」と息子を追い込むところが、興味深い。
「卑しいなら、役者じゃなくていいじゃないか。」と思ってしまうのですが、あくまでも環境の変化に適応し、王族として生き残ることが至上命題なのだということが表されている。
さすがダーウィンの国?

国王が「偉大」であるべきことは変わりなくとも、「偉大さ」の表現方法はメディアによって変化するというのは、国王となることが宿命付けられている人には大変なことだ。公人たる人、今やマイクの前の「スピーチ」だけでなく、動画によるライブの表象を避けて通ることはできない。ローマでも平安京でも高貴な方々が眉目麗しくあることは必須だったわけですが、単なるイメージでなく「実物」が問われるあたり、より厳しい世の中となっているようで。

とはいえ、人は見た目だけではない、というのが人の美的感覚の不思議なところ。写真で見る限り、ジョージ六世はコリン・ファースよりもイケメンですが、何をやってもかっこいいコリン・ファースのジョージ六世にすっかり見惚れた作品でもありました。

# by m_mw | 2012-04-02 16:35 | 暮らし・daily life | Trackback | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 イアン・ハッキング『偶然を飼いならす』(1990:1999)  

イアン・ハッキング著 石原英樹・茂田園江訳
偶然を飼いならす
木鐸社
1999

19世紀から20世紀の統計学の発展と応用を、「決定論」から「偶然」への、世界を理解するための根本概念の転換として描く。「社会の統計化」の歴史。

1877年のダウン症の発見も、「社会の統計化」の小さな結果。出生前検査は出産の「統計化」そのもの。「個人の選択」と統計化された社会とが交わる点。統計化された社会で、生殖における個人の選択は形成されている。

「病理的でありたいと考える人はほとんどいないから, 「我々の大多数」は自分を正常にしようとし、こうした試みが逆に、何が正常であるかに影響を与える。」(p.5)

ただし「正常であること」と「正しいこと」とは、必ずしも一致しない。統計学的な正常さの基準は単一だが、正しさの基準は多様であり得る。そのために、「未来の母親」の苦悩がある。
いや、同様の苦悩は「現在の母親」にもあり得る。聖母マリア的な全てを受け入れる母親像と、「正常と異常」の監視役とは、そもそも相容れないけれども、共に母親に期待される役割として存在する。それでも前者が若干優勢に感じられるのは何故なのか。単なる錯覚か、あるいはそれは実証可能な物理法則にはない人間特有の「統計化」へのフィードバックなのか。

# by m_mw | 2012-04-02 15:50 | 読書録・reading memo | Trackback | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 元気一杯  

鼻がずるずるするというだけで、何だか元気がなくなっている大人の隣で、
はくしょーんと、大きなくしゃみ。
ぶらさがる鼻水に、一生懸命舌をのばして味を確かめ、なかなかのお味、という顔をしている。
塩味、なんだろうな。
ばいばあい、と元気一杯、保育園にでかけて行きました。

# by m_mw | 2012-01-31 11:23 | 暮らし・daily life | Trackback | Comments(0)

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